製造方法
バターの製造は「相転換」という物理現象を利用した精緻なプロセスだ。水中に脂肪球が分散した「水中油型」のクリームを、脂肪の中に水滴が分散した「油中水型」のバターへと変換する。この変換を制御する温度・時間・機械的力の組み合わせが、最終製品の品質を決定する。
バター製造の10工程
生乳の受入・検査
牧場から集乳した生乳は、工場到着後すぐに細菌数・体細胞数・抗生物質残留・脂肪分・タンパク質などを検査する。基準を満たした生乳のみが製造ラインに進む。
クリームの分離
遠心分離機(セパレーター)で生乳から乳脂肪分を分離し、脂肪分35〜40%のクリームを得る。1879年にスウェーデンのグスタフ・ド・ラバルが発明した連続遠心分離機により、クリームの分離が大幅に効率化された。
低温殺菌
クリームを72〜75℃で15〜16秒間(HTST法)または63〜65℃で30分間(LTLT法)加熱殺菌する。病原菌を除去しながら、風味成分をできるだけ保持する。
発酵(発酵バターの場合)
乳酸菌スターター(Lactococcus lactis subsp. cremoris など)をクリームに添加し、12〜16時間発酵させる。乳酸・酢酸・ジアセチルなどの風味成分が生成され、独特の芳醇な香りが生まれる。
クリームの熟成・温度調整
チャーニング前にクリームを特定の温度プログラムで処理し、乳脂肪の結晶化を制御する。この工程(フィジカル・リペニング)が最終製品の硬さ・スプレッダビリティに大きく影響する。
チャーニング(攪拌)
クリームを連続式チャーン(攪拌機)で激しく攪拌する。脂肪球膜が破壊され、脂肪球が凝集してバター粒が形成される。同時にバターミルクが分離する。この相転換(水中油型→油中水型)がバター製造の基本原理だ。
バターミルクの排出・洗浄
チャーニングで分離したバターミルクを排出し、バター粒を冷水で洗浄する。洗浄によりバターミルクの残留物(乳糖・タンパク質)を除去し、保存性を高める。
加塩(有塩バターの場合)
バター粒に食塩を添加する。食塩は風味付けと保存性向上の両方の役割を持つ。日本の有塩バターは食塩含量1.5〜2.0%が一般的。
ワーキング(練り)
バター粒を練り合わせ、均一な組織にする。この工程で水分・食塩・空気が均一に分散し、最終的な食感・外観が決まる。過度のワーキングは過剰な空気混入や軟化の原因になる。
成形・包装・冷蔵
バターを所定の形状(200g・450gなど)に成形し、アルミホイルや包装紙で包装する。5℃以下で冷蔵保管し、品質検査後に出荷される。
製造方式の比較
バッチ式チャーニング
伝統的な木製バラットや金属製チャーンで間欠的に攪拌する方法。少量生産・職人バターに使用。
- +風味の制御がしやすい
- +少量生産に適合
- +伝統的な風味
- −生産効率が低い
- −労働集約的
連続式フリッツ法
1940年代に開発された現代的な連続製造法。クリームを高速で攪拌・チャーニング・ワーキングを連続的に行う。
- +高い生産効率
- +均一な品質
- +自動化可能
- −設備コストが高い
- −少量生産に不向き
NIZO法(高脂肪クリーム法)
80〜82%の高脂肪クリームを使用し、相転換を利用してバターを製造する方法。
- +なめらかな質感
- +スプレッダビリティが高い
- +低温での製造可能
- −特殊な設備が必要
- −技術的難易度が高い
チャーニングの物理化学
クリームの攪拌により、脂肪球は気泡界面に集まり、界面張力によって脂肪球膜が破壊される。露出した脂肪が隣の脂肪球と融合し、最終的に連続した脂肪相(バター)が形成される。この過程で水相(バターミルク)が脂肪相から分離する。
チャーニング効率は脂肪球の部分結晶化率に依存する。脂肪球の20〜40%が固体状態(部分結晶化)にあるとき、最も効率よくバター粒が形成される。これが製造前の温度調整(フィジカル・リペニング)が重要な理由だ。