CHAPTER 04

製造方法

バターの製造は「相転換」という物理現象を利用した精緻なプロセスだ。水中に脂肪球が分散した「水中油型」のクリームを、脂肪の中に水滴が分散した「油中水型」のバターへと変換する。この変換を制御する温度・時間・機械的力の組み合わせが、最終製品の品質を決定する。

バター製造の10工程

01

生乳の受入・検査

牧場から集乳した生乳は、工場到着後すぐに細菌数・体細胞数・抗生物質残留・脂肪分・タンパク質などを検査する。基準を満たした生乳のみが製造ラインに進む。

日本の基準では細菌数50万/mL以下、体細胞数100万/mL以下が求められる。
02

クリームの分離

遠心分離機(セパレーター)で生乳から乳脂肪分を分離し、脂肪分35〜40%のクリームを得る。1879年にスウェーデンのグスタフ・ド・ラバルが発明した連続遠心分離機により、クリームの分離が大幅に効率化された。

分離されたスキムミルクはチーズ・ヨーグルト・脱脂粉乳などに利用される。
03

低温殺菌

クリームを72〜75℃で15〜16秒間(HTST法)または63〜65℃で30分間(LTLT法)加熱殺菌する。病原菌を除去しながら、風味成分をできるだけ保持する。

発酵バター用クリームは、後工程でスターター(乳酸菌)を添加しやすくするため、より高温(90〜95℃)で殺菌することが多い。
04

発酵(発酵バターの場合)

乳酸菌スターター(Lactococcus lactis subsp. cremoris など)をクリームに添加し、12〜16時間発酵させる。乳酸・酢酸・ジアセチルなどの風味成分が生成され、独特の芳醇な香りが生まれる。

ジアセチルがバター特有の発酵香の主成分。発酵バターのpHは約4.6〜5.0まで低下する。
05

クリームの熟成・温度調整

チャーニング前にクリームを特定の温度プログラムで処理し、乳脂肪の結晶化を制御する。この工程(フィジカル・リペニング)が最終製品の硬さ・スプレッダビリティに大きく影響する。

夏季と冬季では牛乳の脂肪酸組成が変わるため、温度プログラムを季節に応じて調整する。
06

チャーニング(攪拌)

クリームを連続式チャーン(攪拌機)で激しく攪拌する。脂肪球膜が破壊され、脂肪球が凝集してバター粒が形成される。同時にバターミルクが分離する。この相転換(水中油型→油中水型)がバター製造の基本原理だ。

チャーニングの温度は夏8〜10℃、冬10〜14℃が目安。温度が高すぎると軟らかすぎるバターになる。
07

バターミルクの排出・洗浄

チャーニングで分離したバターミルクを排出し、バター粒を冷水で洗浄する。洗浄によりバターミルクの残留物(乳糖・タンパク質)を除去し、保存性を高める。

バターミルクは乳酸・リン脂質・タンパク質が豊富で、製菓・飲料・飼料などに利用される。
08

加塩(有塩バターの場合)

バター粒に食塩を添加する。食塩は風味付けと保存性向上の両方の役割を持つ。日本の有塩バターは食塩含量1.5〜2.0%が一般的。

食塩の添加タイミングと混合方法が塩の分散均一性に影響する。塩の粒子サイズも食感に関わる。
09

ワーキング(練り)

バター粒を練り合わせ、均一な組織にする。この工程で水分・食塩・空気が均一に分散し、最終的な食感・外観が決まる。過度のワーキングは過剰な空気混入や軟化の原因になる。

ワーキング中の温度管理が重要。適切な温度(12〜14℃)で行うことで、β'型結晶が形成されやすくなる。
10

成形・包装・冷蔵

バターを所定の形状(200g・450gなど)に成形し、アルミホイルや包装紙で包装する。5℃以下で冷蔵保管し、品質検査後に出荷される。

包装材は遮光性・ガスバリア性が重要。光・酸素・異臭の吸着を防ぐことで酸化劣化を抑制する。

製造方式の比較

バッチ式チャーニング

伝統的な木製バラットや金属製チャーンで間欠的に攪拌する方法。少量生産・職人バターに使用。

メリット
  • +風味の制御がしやすい
  • +少量生産に適合
  • +伝統的な風味
デメリット
  • 生産効率が低い
  • 労働集約的

連続式フリッツ法

1940年代に開発された現代的な連続製造法。クリームを高速で攪拌・チャーニング・ワーキングを連続的に行う。

メリット
  • +高い生産効率
  • +均一な品質
  • +自動化可能
デメリット
  • 設備コストが高い
  • 少量生産に不向き

NIZO法(高脂肪クリーム法)

80〜82%の高脂肪クリームを使用し、相転換を利用してバターを製造する方法。

メリット
  • +なめらかな質感
  • +スプレッダビリティが高い
  • +低温での製造可能
デメリット
  • 特殊な設備が必要
  • 技術的難易度が高い

チャーニングの物理化学

クリームの攪拌により、脂肪球は気泡界面に集まり、界面張力によって脂肪球膜が破壊される。露出した脂肪が隣の脂肪球と融合し、最終的に連続した脂肪相(バター)が形成される。この過程で水相(バターミルク)が脂肪相から分離する。

チャーニング効率は脂肪球の部分結晶化率に依存する。脂肪球の20〜40%が固体状態(部分結晶化)にあるとき、最も効率よくバター粒が形成される。これが製造前の温度調整(フィジカル・リペニング)が重要な理由だ。