バターを変えた人々
科学者・シェフ・発明家・職人——バターの歴史を動かした10人の偉人たち。彼らの発見・発明・哲学が、今日私たちが食べるバターを形作った。
ルイ・パスツール
パスツールが1864年に開発した低温殺菌法(パスチャリゼーション)は、バター製造に大きな変化をもたらした。クリームを72~75℃で短時間加熱することで病原菌を除去しながら風味を保持するこの技術は、現代のバター製造の基盤になっている。それ以前のバターは品質が不安定で腐敗が早かったが、パスチャリゼーションの導入により安全で長持ちするバターの大量生産が可能になった。
科学には国境がないが、科学者には祖国がある。
グスタフ・ド・ラバル
スウェーデンの天才発明家ド・ラバルが1879年に発明した連続遠心分離機は、バター産業の工業化を決定的に加速させた。それ以前は生乳を静置してクリームが浮上するのを待つ方法しかなく、1リットルのクリームを得るのに丸1日かかった。ド・ラバルの遠心分離機は数分で同じ作業を完了し、クリームの収率も大幅に向上した。現代の乳業工場で使われる遠心分離機は、すべてこの発明の子孫だ。
機械は人間の夢を現実にする道具だ。
エドウィン・ダン
明治政府に招かれたアメリカ人農業技師エドウィン・ダンは、北海道開拓使のもとで日本に近代的な酪農技術を導入した。1873年に来日し、真駒内牧牛場(現・真駒内公園)でバターの製造方法を日本人に指導した。ダンが持ち込んだホルスタイン種の乳牛と欧米式のチャーニング技術が、日本の乳業産業の礎となった。北海道では「酪農の父」として今も尊敬されている。
(記録なし。行動で語った人物)
ジョエル・ロブション
「世紀のシェフ」と称されたロブションは、バターへの強いこだわりで知られる。彼の代名詞「ポム・ピューレ(マッシュポテト)」は、ジャガイモと同量近くのバターを使うことで知られ、その滑らかさと濃厚さは多くのシェフに強い印象を残した。ロブションは「バターは料理を豊かにする最も誠実な素材だ」と語り、発酵バターの使用にこだわり続けた。彼の料理哲学は、バターを「脂肪」ではなく「風味の媒体」として捉える考え方を広めた。
シンプルさは究極の洗練だ。
ジュリア・チャイルド
アメリカの料理研究家ジュリア・チャイルドは、フランス料理とバターへの愛を惜しみなく表現し、アメリカ人の食文化を変えた。1961年の著書「Mastering the Art of French Cooking」でブール・ブランやベアルネーズソースなどバターを多用するフランス料理を分かりやすく解説し、ベストセラーとなった。テレビ番組「The French Chef」では「バターを怖れるな」と繰り返し語り、健康ブームでバター離れが進んでいた時代に逆行してバターの魅力を訴え続けた。
バターを怖れるな。バターは友達だ。
ジャン=イヴ・ボルディエ
ブルターニュ・サン=マロを拠点とするジャン=イヴ・ボルディエは、フランスで最も知られたバター職人の一人だ。彼が作る「ル・ブール・ボルディエ」は、19世紀の木製バラットで手作業でチャーニングし、海藻・スモーク塩・柚子など独自のフレーバーを加えたバターとして多くのシェフに使われている。「バターにも地域性がある」という考え方を広めた職人として知られる。
バターは土地の記憶だ。牛が食べた草、空気、水が全部入っている。
ハインリヒ・フォン・シュテファン
ドイツの郵政大臣シュテファンは直接バターを作ったわけではないが、彼が推進した冷蔵輸送インフラの整備が19世紀後半のバター国際貸易を大きく広げた。1870年代以降、鉄道と船舶への冷蔵設備の導入により、デンマーク・アイルランド・ニュージーランドのバターがヨーロッパ全土・アジアへ輸出できるようになった。冷蔵輸送の普及なしには、現在のグローバルなバター市場は成り立たなかっただろう。
通信と輸送は文明の血管だ。
ニルス・ハンセン
デンマークの農業科学者ハンセンは、19世紀後半にデンマークの酔農協同組合システムの科学的基盤を整えた。彼が導入した標準化された品質管理・細菌学的検査・乳脂肪測定技術により、デンマークのバターは高品質として広く認められるようになった。1880年代にイギリス市場で高値で取引され、デンマーク農業の近代化を導いた。この協同組合モデルは各国の酔農産業に影響を与えた。
品質は測定できる。測定できるものは改善できる。
マリー=アントワーヌ・カレーム
「シェフの王、王のシェフ」と称されるカレームは、フランス古典料理(オート・キュイジーヌ)の体系を確立した人物だ。彼が整理した5つのマザーソース(ベシャメル・ヴルーテ・エスパニョール・トマト・オランデーズ)のうち、ベシャメルとオランデーズはバターが主役だ。カレームはバターを「フランス料理の魂」と位置づけ、質の高いバターの選択・保管・使い方を体系化した。彼の著作は現代のフランス料理教育の原点となっている。
フランス料理の偉大さはバターの偉大さだ。
ハーランド・サンダース
KFCの創業者カーネル・サンダースは、バター製造の副産物であるバターミルクをフライドチキンのマリネに使うことで独自の食感と風味を引き出した。バターミルクに含まれる乳酸が肉を柔らかくし、タンパク質が衣の密着性を高める。サンダースの成功はバターミルクの商業的価値を広く知らしめ、バター産業の副産物活用の一例として乳業界に影響を与えた。
諦めるには早すぎる。65歳でも遅くない。
バターの科学を深く知る
パスツールが解明した微生物の世界、ド・ラバルが発明した遠心分離機——彼らの業績が生み出したバターの科学を、「科学と成分」ページで詳しく解説している。